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第2章
ターゲットは2010年

2030年2月21日 PM4:25
ヨーコ「三津枝先生、東経138度、北緯22度の軌道上で、15年前に廃棄されたロシア製の宇宙ステーションを見つけました。これを利用したらいかがでしょう」

サトル「空気はあるの?」

ヨーコ「まだ空気製造器は動いている。念のため、こちらからも持っていくといいわ」

三津枝「まだ生体テレポーテーションを実施するのは不安だな。なにしろ、失敗すれば体と物体が結合し、無理にはがせば、血を噴き出して死ぬしかないからな。とりあえず北海道に逃げよう。日高山脈のペテガリに無人の小屋がある。われわれはアナログの手段で移動する。機材はなるべくテレポーテーションで送るのだ。そしてもう少し実験を重ねたほうがよい」

トシオ「とにかく完成したアンドロイドを大量生産し、2010年にテレポーテーションで送って、まず実験データを集めよう」

三津枝「暗くなってから僕とサトルは出発する。山を下りて車で尻屋岬まで行き、そこから漁業を行っている仲間に漁船に乗せてもらい、襟裳岬を回り、十勝に行き、歴舟川を上り、ペテガリ山荘へ向かう。人がいないことを確認したうえで、こちらからテレポーテーションで手紙を送る。そうしたら機材をテレポーテーションしてくれ。くれぐれもネットは使うな。かならず探知される。もし物体のテレポーテーションが安定しておこなわれれば、次は人間のテレポーテーションだ。しかしまだデータが足りないから、安全のため、今回はみなアナログで移動する。

アンドロイドは十勝の歴舟川の川べりにある吉田工務店で量産する手はずだ。そこで作られたものを舟で運び、ペテガリ山荘からテレポーテーションで2010年に送ろう。アンドロイドの時空移動が安定的に成功すれば、人間を空間移動させることは危険ではない。おそらく1週間でペテガリ山荘からテレポーテーションできるだろう。万が一、2週間たっても連絡がない場合は、一度散らばって潜伏してくれ。3か月後、なんらかのシグナルを流す。」

 
三津枝博士は言い終わると山小屋の木戸をあけた。すでに日は落ちたばかりで、白い平原には夕焼けの名残りで紫色に染まっていた。三日月が美しく頭上を照らしていた。
 
量産するアンドロイドは、外装は女子にする予定だ。2010年に送り込む対象は男子が多いからだ。女子の人造人間は正確にはガイノイドという。アンドロはギリシャ語で男性を意味するからだ。
 
なぜガイノイドを2010年に送り込むのか。それは先進国の中で、日本だけが情報化社会から知価社会への移行に失敗したからだ。古来より日本人は道具を使うことが得意な民族だった。木を加工する道具であるノミにしても、腕の立つ大工は何十種類ももっていた。そしてその多彩な道具を工夫して城や寺、五重塔など世界に比類ない美しい木造建築を作ってきた。戦後、大企業から中小企業に至るまで、道具や機械を工夫して、世界でトップクラスの工業製品を作り出し、世界2位にもなっていった。
 
しかしバブル崩壊後、未曾有の不良債権を背負った日本は93年より内需の縮小は止まらず、21世紀にはいると、イギリスをモデルに資本解放政策に転じたが、同時に中国をはじめとするアジア諸国の台頭により、大企業は自社工場や下請けをアジアに求め、それに従い、力のある中小企業も海外に移転し、4半期の株価開示はドラスティックなリストラを余儀なくされ、大企業では50歳以上の社員が激減した。その結果、技術の継承は行われなくなり、個人情報の保護の強化とネットにおけるウイルスやハッキングトラブルはITの利用進歩を停滞させていった。結果の出せない社員は容赦なくリストラされ、働く人のモラルとモチベーションの低下に拍車をかけた。
 
アジアで作られた安い海外製品は円高でさらに流入が増し、デフレが勢いよく進行するなかでなぜか教育費だけは高騰しつづけ、格差社会、貧困が進むなかで、大学に行けない青年が増加していった。
 
さらに2009年リーマンショックという未曾有の経済危機が起こり、正社員の割合は激減し、派遣、ニート、フリーターが増加した。社会全体が出口の見えないジレンマにおびえ、世の中は絶望と無力感に覆われ、それはいつのまにかに無気力へと変質した。
 
そしてこの年、民政党は個人の生活向上を中心とする内需拡大を政権公約に掲げ、国民の圧倒的支持のもと、戦後初めての政権交代が起こった。
 
しかし、どんなにコンクリートから人への国家予算の振り替えがおこなわれても、国民のなかで、すでにやる気が失なわれていれば、税収以上の国債を発行してまでも組んだ戦後最大の国家予算は、砂にまかれた水のごとく効果は発揮しない。
 
そしてさらに恐慌は悪化していった・・・。
2030年の現在、歴史的観点から、あのとき、国民が、ITという道具を必死に活用していれば日本は再生できたのに・・・。
 
そこで次世代の、まず若い男性を中心に、ターゲットを絞り、導くことにした。あくまで彼らが自発的にその気になるように。なぜなら、われわれが時空移動テレポートして歴史を変えることはできない。磁場が狂い、現在のあらゆる空間と生命が危険にさらされる。しかし、歴史上の人間が自ら変われば、歴史を自然に、安全に変えることが可能なのだ。
 
付け加えれば、それは2010年の若者のニーズにもあっているのだ。ゆとり教育のもとで育った彼らの多くは、強制されること、義務、説教、そして競争という言葉に拒絶反応を示す。しかしその特性は共生経済のもとでは多いに活躍が可能なのだが、情報化社会からの移行期には社会不適格の烙印を押される。
 

三津枝博士は2010年の社会状況を徹底的に分析し、次の結論を導いた。
ターゲットは大学生、20代、30代社会人、ニート、フリーターの男子。そんなターゲットに女子のアンドロイドつまりガイノイドを送り込み、ガイノイドに、ターゲットが教育したくなる気にさせる。そして、ガイノイドを教育しているうちに、ターゲットが自信と希望を持ち、ナレッジ社会で活躍できるように仕向けるのだ。

いくらロボットだからといって、素人が教えるのは無謀すぎると思われるだろう。もちろん過去に送り込んだゲイノイドに歴史を変える操作は磁場が狂うから、仕事はさせられない。しかしもう一つ教育上の目的もある。実は教師の使命感、自立感をもって学ぶことがもっとも楽しく、より深く学べるのだよ。そうやっていくうちにターゲットは自信をつけるのだ。教師と生徒なんて紙一重だ。成功者と敗北者の間もまたしかりだ。人は立場の違いで才能を発揮したり、失ったりするのだ。こういう教育の方法は30年代だからこそできる。

 
米国では1991年ロバートライシュ博士はすでに知価社会にはスペシャリスト中心の社会であることを提唱し、それをシンボリックアナリストと呼んだ。
 
クリントン政権はいち早くこのことに着目し、ロバートライシュ博士を大臣に取り立て、米国はいち早くナレッジ社会を実現させた。しかしあまりにバブルが拡大し、金融業界が膨張し、リーマンショックにつながった。なぜか?ナレッジ社会を競争原理のまま突入させると、欲望の暴走とそれを阻害するものを破壊することに知恵を巡らせる結果となる。それは知恵をマイナスに結集し、人類の滅亡へとつながる。それに比べ、日本のニート、フリーターのように戦うことに背を向け、社会から疎外された者たちは、ひとたび自信を取り戻し、ネットを活用して力を合わせればナレッジをプラスに働かせ、循環社会的価値を生み出すことができる。なにせ、江戸時代の循環社会の血がながれているのだから。
 
しかしそのような可能性を持っていたにもかかわらず、日本では、不幸なことに、いままでナレッジ社会を実現すべくリーダーシップを発揮したリーダーが出現しなかった。その原因は日本人も世界中からも、日本が米国型の合理主義を進めばより富を生み出すと思われていたからだ。しかし自由党から民政党への政権交代は、国民が、合理主義が日本にあわないことを気づいたからだ。2010年、目標を失った漂流する日本社会にこそ光をあてなければならない。
 

そして、三津枝博士のプロジェクトは始まった。

2010年に送り込むアンドロイドは、TA-773。“ナナミ”と呼ばれる女子型アンドロイドだ。
サポートとして、小型ロボット“ヴェロッキオ”も送り込む予定だ。

 

三津枝「ペテガリに移動する前に、まずはナナミを使って時空テレポートを進めよう」

内山「時間を2010年に設定しました。サトル、ナナミとヴェロッキオをボックスに設置して」

三津枝「よし、スイッチオン。・・・とにかく消えた。」

 
 
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