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第4章
ペンガリ山荘にて

 GPSを頼りに博士とユウトは八幡平の雪原を下っていく。月の光で辺り一面は銀色に輝きだし、二人を乗せたエアロモービルは雪面を静かな舟のように這っていった。北海道のペテガリへは水陸両用のこのエアロモービルを使うのが都合がよい。当初、山スキーと漁船で1週間かけて移動するつもりだったが、修理にだしていたエアロモービルが昨日直ったので弟にトラックの荷台に載せ、田沢湖まで持ってきてもらったのだ。監視の厳しい市街は夜といえども危険すぎる。幸い今の時期は、山は豪雪で尾根伝いにエアロモービルを利用しやすい。しかも水陸両用だから海や川も渡れる。2020年ごろにバイクに代わってレジャー用中心に普及したのだが、博士は改造して長距離を走れるようにし、レーダーに探知されにくいように表面加工を施した改造マシーンだ。

 

 エアロモービルが手に入れば、漁船を使う必要はない。焼山の山小屋から八幡沼へ行き、そこから竹の子平を通り、二つ森、西の森を超えて十和利山、鳥帽子山を越えて野辺地町の藩境塚あたりで海に出る。そして下北半島を迂回して津軽海峡を渡り、静内川を上り、静内ダム、高見ダム、東の沢ダムを迂回してペテガリ山荘に入る。だいたい600キロの行程を12時間だ。冬なのでペテガリ山荘につくころにようやく空は白みがかってきた。

 

 博士とユウトは無人のペテガリ山荘へ入ると、中は無人の冷たい空気でシンとしていた。エアロモービルに積んだ機材を運び込み、テレポーテーションの実験も兼ねて、手紙を照射台においた。昼間のうちに残りの機材をテレポーテーションで運び、日が暮れだしたら、今日の夕方まで仮眠をとっていたユウトがエアロモービルでまた八幡平まで戻る。まずヨーコ、ハルナ、エリを運び、内山助手とタクミが残った。次の日は猛吹雪だった。海上でひっくり返ると命はないが、吹雪のほうが痕跡をなくせるので好都合だ。機材も人も無事ペテガリに移動させることができた。

 
ユウト「昨日、南米の山中に核が落ちたようだよ。ネットでは大騒ぎになっている。」
ハルナ「米国もロシアも中国も戦争の意志は否定しているけど。最初、シベリアに落ちて、次にデンバーに落ちて、米国とロシアの対立かと思ったけど、両国とも必死に否定しているんだって。」
三津枝「とうとう恐れたことが起きてしまったのかもしれない。」
ヨーコ「どういうこと?」
三津枝「ネットの暴走だよ。歴史的大恐慌のきっかけとなった2008年ごろ、すでに金融業界ではAI(人工知能)がかなり進んでいた。普通のプログラムの開発とならんで、表にはでなかったが、2009年には自己進化するプログラムは開発されていたのだ。それが偶然かなにかの要因かはわからないけど12年に太陽系がフォトンベルトに入ったころから、いくつかのAI自体が感情を持つようになり、暴走をはじめたのだ。人工知能といったって結局問題を見つけ、その解決策をピックアップし、解決する、といった正、反、合という単純な弁証法的システムであることに変わりはないんだ。皮肉にも3年前くらいから、最先端のAIのいくつかが、合体し、連携をはじめ、人間ではいよいよ対応できなくなってきたらしい。そのAI群が昨年とうとう人類を抹殺する、という結論を出してしまったようなんだ。まあいつまでも競争原理で生きていたら当然の結末だわな。それに気づくまでは、闇の権力が世界を動かしていたと思われていたのだが、いつのまにか、AIはそういう勢力までも倒してしまった。今、世界を支配しているのは、人間の作り出したプログラムなのだよ。」
タクミ「でも自然界そのものが競争原理ではないですか?」
三津枝「いや競争原理以上に共存原理も働いている。人間だけだよ、競争原理だけがこれだけ強いのは。米国をはじめ、各国は必死になってAIの暴走を食い止めてきた。しかし最近もう、その暴走を押さえられないらしい。」
 
ハルナ「いよいよ人類の滅亡も近い、ってこと?」
三津枝「このままではな。しかし手立てはある。2010年にナナミを送り込むもう一つの理由はそれだ。」
タクミ「どういうこと?」
三津枝「競争の資本主義から共生の資本主義へと移行することだよ。」
タクミ「難しくてよくわかんない。」
三津枝「まあよい。簡単にいえば、2010年にナナミを送り込んでやる気をおこさせるだけでなく、人々の生き方、つまり働き方をも変えるのだよ。」
ハルナ「そうすればAIは暴走しないの。」
三津枝「それだけではだめだ。人間が自然界の一員として戻る必要がある。そのためには歴史が少し変わらなければならないのだよ。AIが人類を抹殺する、という結論を導くことはない、という結論を導くためにね。」
タクミ「なるほどね。」
ハルナ「それとナナミとどう関係があるの?ナナミは単にお勉強する気にさせるアンドロイドよね。どうしたらみんなに競争をやめさせるの。」
三津枝「それは20年前に送りこんだナナミを見ていればわかるよ。我々は論理的思考ではプログラムには勝てない。だから唯物史観で勝負するのさ。」
ハルナ「ユ・イ・ブ・ツ・シ・カ・ン?」
三津枝「まあ、もうソ連が崩壊したこの半世紀の間、死語になったけどね。AIはすでに2008年には、金融市場向けAIの開発に成功し、定量的な歴史の偶然を予測することはすでに克服した。残るは定性的な歴史分析で対向するしか彼らに勝ち目はないんだ。つまり受動的に歴史を変えて行くしか彼らに勝てないんだよ。だからテレポートは必要ならば、どんな時代にだって行うつもりさ。」
ヨーコ「わたし、平安時代に行って光源氏に会いたいわ。」
タクミ「光源氏なんかいないよ。藤原道長がモデルだってさ。」
ヨーコ「そんなの知っているわよ。光源氏のようなイケメンに会いたいの。」
内 山「とにかくテレポートを早く成功させないと、地球上から生きられる場所がなくなってしまう。」
三津枝「しかし核ミサイルが暴発するのなら、なんとかくい止めなければならない。」
 
内 山「先生、ちょうど50年前、レーガン政権の時、SDI、スターウオーズ構想というのがあったそうですね。人工衛星からレーザー兵器でミサイルを迎撃する、という。」
三津枝「そう、今僕もそれを考えていたところだ。確かに国際批判の高まり、開発コストがかかりすぎることと、ソ連崩壊で必要性の後退から影をひそめたが、リーマンショクまでは作り続けていたのだ。しかしそれ以降は予算切れ。うちすてられた衛星はいまも地球の周りを無意味に回っているよ。」
内山「まずはテレポートに成功したら、そういう衛星にレーザー兵器をつけてミサイルが飛び出した時に大気圏外で打ち落とすんですね。」
三津枝「われわれが行う前にすでに米国もロシアも中国も密かにおこなっているよ。相当数は打ち落とされているはずだ。ただ数が多すぎて落としもらしたものだけが地上で爆発してニュースになっている。もしこれがなかったらとっくに地球は滅亡しているよ。」
内 山「非科学的といわれるかもしれないけど、どうもこのAIの動き方は月と関係している気がするんだ。」
タクミ「また内山先輩のお得意のオカルトが始まった!そんな非科学的なこと言っていいの?また三津枝先生に論文落とされるよ。」
三津枝「いや、内山君の言っていることは、意外と当たっているかもしれない。コンピュータの基本である2進法はそのまま陰と陽、つまり陰陽道に当たるし、中国古来からある占星学は5千年の歴史の確率論から生まれた、といわれる。高度に発達した人工知能は毎秒ごとに経験値を加速度的に積み、学習する。ここまでくると、科学で解明されるべきあらゆる事象は、人間の能力では、AIに打ち勝てない。従って非科学的なことでしか、あのAIに勝てない、ということだ。」
タクミ「つまり神頼みっつーこと?」
三津枝「違う。時空移動と、移動先で起こした出来事をどう現代で処理するかは、今の段階では科学ではないからだ。」
ハルナ「それでは、なんなの?」
三津枝「私にもわからない。ただ非常識なことしか、あのAIには太刀打ちできない、ということだ。」
 
ヨーコ「ところであのAI、って言ってばかりで名前はないの?」
内 山「裏ネットではA10と呼んでいるみたいだ。」
ヨーコ「あら、平凡な名前ねえ。」
内 山「このA10を僕と三津枝先生とで解析したら、へんな暗号に当たったんだ。それもその数が半端じゃないんだ。86個もある。しかも細かいことばかりで、とても今残っている歴史上の記録では解明できないことばかりなんだ。」
三津枝「だからアンドロイドを過去に送り込む。一つは日本を救うため。もうひとつは暴走したAIをストップするため。そんなに時間は残されていない。A10はこのように話をしている間だけでもものすごいスピードで学習し、戦略を磨き、人類抹殺に全力をかけてネットに侵入しているのだ。しかしA10の暗号を入手するのはやっかいだ。日本に限定していないからな。世界のキーとなる歴史上の人物にかたっぱしからアンドロイドを送り込まなければならない。」
ハルナ「どういうこと?」
 
三津枝「世界の歴史は争いの歴史だ。そして共生の歴史へと転換する今日になって、競争の歴史における人類最大の発明であるコンピュータが、一人歩きをして、人類は滅亡すべしと結論づけてしまったのだよ。」
内 山「つまり、コンピュータは、我々を破滅へと向かわせる最大の敵でもあり、共生社会へ向けての切り札でもある。」
三津枝「まずはナナミに孫子をプログラムして送ってみよう。」
ハルナ「ソンシってなーに?」
内 山「馬鹿だね。孫子も知らないの?紀元前550年ごろ作られた戦争の兵法書だ。その兵法のなかで、すでにその時代から戦わないことが最上の戦略だ、と結論づけている。2580年経っても、あらゆる戦略はこの孫子の兵法を基礎に作られ、これを抜くことができない。ニュートン力学は量子力学が生まれて根本原理ではなくなった。宗教も隆盛がある。しかし歴史を作った書物といえば聖書とともにこの孫子があげられる。究極の戦略書だ。戦争の歴史を作ったのも孫子なら共生の歴史を誕生させるためにもこの書物より他はない。だからA10に対抗するにはこの孫子は決め手になる、と踏んだんだ。」
ハルナ「ソンシって、すごーい。」
三津枝「ためしに石田三成に送ってみるか。」
内 山「それではセットします。」
 
ウイーン・・・・・・
 
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